(11)ぼくはここにいるのだから

 ぼくらの暮らすサービスエリアは、海のない町のはずれにあって、敷地の前には片道二車線の広い街道が通っている。
 ぼくは、小さな木の椅子を持って〈ひまわり〉と彫刻された、敷地の入口の看板の傍に座る。夜明け前の街道に車の姿はない。枯れた麦畑や街路樹だけが、涼しい風に吹かれて揺れている。
 空を閉ざす巨大な山稜の向こうから、ゆっくりと朝の光が滲んできて、あたりは夜光虫の心臓のように青白く輝き始める。
 ぼくは街道の彼方の、夜の果てを見る。未来の方を。一塊になって再び未来の方へ歩き出したアカシアとヒナギクのことを考える。彼女がもう、ピストルを必要としなければいいと思う。それから、過去と未来の境目を失ってしまった、少女のような声をしたおばあさん。彼女はまた、逢いたい人に会えるだろうか。ぼくを置いて行ってしまった家族たち。望んだ未来にいけたのだろうか。人影ひとつない青白い海月のはらわたの中で、ぼくは去ってしまった人たちを思いつつ、今が何時なのか考える。彼女の置いていった花弁を、ソーダ水に浮かべて飲む。地平線で途切れる街道の果てをずっと眺めていると、ぼくは自分の視線のなかに落下していくような錯覚を覚える。誰もが、自分の見つめる方に落ちていく。おじいちゃんが言うように、いつかぼくも未来に落下していくのだろうか。それとも、アカシアのように過去を憎んで無謀な逆行をするのだろうか。
 ぼくにはわからない。ぼくが、ここ以外の何処かへ行くという事が。産まれてからずっと、ぼくはここにいるのだから。ぼくのなかに。