子供達が、野犬のように私の横をすり抜け、罪人を乗せた護送車を追っていく。金網に覆われた護送車は、墓地周りの交差点の赤信号でいちいち停止を余儀なくされ、追いついた子供達は角材や靴先で護送車をがつがつと叩いた。
右の瞳に『母よ』という文字を刻んだ罪人が、罪人独特の言葉で何か叫んでいた。めちゃくちゃな発音で自分を責めているようだった。
私は金網で囲われた墓地に入り、芝生のにおいを嗅ぎながら煙草に火を点けた。白い煙が私の汚れた肺腑を巡り、秋の綺麗な冷たさに溶けていった。
墓地を重囲する街路樹の銀杏がつむじ風に煽られ、乾いた葉がぐるぐるとそこらじゅうを舞っている。葉は私の髪や服の隙間にもくっついた。
幽子は私のうなじあたりに指を突っ込み、くっついた銀杏の黄金色をじーっと観察すると、ふっと宙に放した。昇天みたいに、銀杏の葉は空へ螺旋を描いて吸い込まれ、私たちはそれを見送った。
幽子は高い墓石に腰掛け、長い睫毛を伏して私に話すが、声は不思議な響き方をする。姿は傍にあるのに、声だけがずっとずっと遠くから聴こえるような感覚。遠い場所に切り離された私の耳元で、彼女の声が何度もエコーしているような…。
私はゆっくりと煙草の煙を吐き、芝生に坐って彼女を見上げる。高く高く天を突く墓石群に腰掛ける幽子の白いワンピースの裾や長い髪が、風の中に舞っている。幽子は裸足で、あまりにもゆっくりと宙を飛び、墓石から墓石へと飛び移る。彼女の白いワンピースが、裾の方から小さな無数の小鳥になって街中に羽ばたいていく。薄曇りの空の中へ、小鳥たちが紛れこんで見えなくなる。
私の仕事は墓守だ。
去年、政権が交代してから、墓地や死や幽霊に対する解釈が拡大された。
例えば、親友から陰口を言われているのを聴いてしまったとか、怪我でプロサッカー選手になる夢が絶たれたとか、失恋をしたとか、一生懸命歌った歌を誰にも褒めてもらえなかったとか、胸の中で膨らんだ被害妄想が破裂したとか、そういうのも届出を出せば、「小さな死」として認められるようになった。大きな問題と同時に、小さな死もすくい上げてゆく。と、いうのが新政権の掲げた理念だったが、実際のところはある種のやり場のないクレーム等の最終出口といった意味合いが大きかったようだ。
公共事業として墓地の新設と、それに伴う一部の雇用の拡大があり、二十一歳で学校にもいかず、仕事もろくにせず、ホームレスになる一歩手前だった私は、職安で勧められて非正規雇用枠の墓守試験を受け、採用された。試験は50項目のYES・NO式のアンケートと、簡単な面接だけで、30分もかからずに済んだ。後から聞いた話だと、救いようのない社会不適合者から優先して採用されたらしい。
初日、採用担当の役人は墓地の入り口まで私を案内し、薄っぺらいマニュアルを私に渡すと、墓地に入ることもなく去って行った。
今のところ、日々の仕事は落ち着いている。
人々は小さな死を悼むよりも、日々の目まぐるしさに対応することのほうに比重を取られているらしく、弔問者(この墓地の利用者は便宜的にそう呼ばれる)の数はそう多くない。
弔いは、私が空の墓石を案内し、訪れた人々がそこで祈り、私がそれを記録するだけで終わる。まさに形式的なものだが、人はそれを形式化しなくては耐えられない生物でした。と、墓守マニュアル序文にも書かれていた。それって何?と、訊くと、(死と喪失だ)と幽子は教えてくれた。(歴史というのは人間独特の概念だが、それは膨大な死と膨大な喪失の膨大な記録だ)
墓石に祈るだけでは気のすまない人々もいて、彼らはしばしば、わたしに話を聞いてくれとせがむ。私は断る。私はただの職員なので、そういうのはカウンセラーにでもしてください。と、お願いする。それでも納得しない人に関しては、個人的な助言として、ポケットサイズのメモを一枚渡し、そこに弔いの内容を簡単に書いてもらい、墓前で焼却し、その煙の昇天を見送ることを勧めている。
何人かの弔問者と一緒に私も彼らの煙を見送った。メモに書く文章は、単純であればあるほどいい。語彙や、組み合わせに富むものは、誇張や装飾によって何を弔いたいのかを見失う。カタカナで単語三つくらいがいいですよ。と、私は勧める。フラレタ、チクショウ、カナシイ。とかでよいのです。
弔問客の訪れない時間は幽子と話したり、煙草を吸ったり、何も考えない練習をしたり、落ち葉の中で微睡んだりして過ごした。墓地は私をとても落ち着かせた。少なくとも、墓地の外にいたときよりは。
幽子はふわりと墓石から飛び、羽が落ちるみたいにゆっくりと私の前に着地する。墓地の中で、幽子の姿は自由だ。消えることも、現れることも、飛ぶことも。
シャボンの泡のように飛ぶ幽子の影が小さくなるのを見送っていると、次の瞬間には私の耳元に唇を近づけて幽子が囁いた。
(あなた、最近家に帰ってないでしょう)
「うん、落ち着くの。ここ。幽子もいるし」と、私は言った。
(墓地はどんどん拡がっているのに、あなたは地図も作らずだらだらと目を瞑ってばかりいる。そのうちに帰れなくなってしまうから)
幽子の言う通りだった。墓地は、自ら増殖する性質をもっているらしい。私がこの墓地に入って三週間が経とうとしているが、明らかに墓石の数は増え、墓地の面積は拡大している。いつも間にやら。どうやって増えているの?と幽子に訊いた。
(交配によって増えていく。あなただってそうだった)
「交配って何が?墓石同士が?」
(それは正確ではない。ここに葬られた小さな死が交配して、また更に小さな死を産んでいる。墓石はその結果増えているに過ぎない。あなたが仕事をしないから)
「ふうん」と、私は言った。「放っておくと無尽蔵に増えていくのね」
そう。そのようにして墓地は拡大し、私は迷いつつある。
墓地はゆっくりと拡がり、総ての声が彼方から聴こえるようになる。墓石群の彼方、金網の方へ向かって歩きはじめた幽子を、私は歩いて追う。幽子はとても緩慢に飛ぶので、普通に歩いても私はすぐに追いついてしまう。
私は幽子を描きたいと言い、幽子はそれを承諾してくれた。
「描いていいかな」と、訊くと、幽子は決まって(いつだっていいよ)と、応えてくれた。墓石に坐って静止し、たまに消えたり現れたりして、その場で点滅しつつ、その眼は時が止まったように瞬きもせず空を見ている。
「ねえ、ユーレイってどんな気分?」と、私はクロッキーを走らせながら訊いた。
沈黙。
(生きてるってどんな気分?)と、彼女は虚空を見上げながら言った。
私は静物を描くように彼女を描いた。幽子は瞬き一つしなかった。呼吸さえしていなかったように見える。 私はクロッキーをしている時、総てを忘れているように自分では思えるが、それはただ単に言葉の形をとらないだけだ。その時、私たちはともに静物だったように思う。
白紙に、私を通した彼女の写し身が、ぼやけた2Bの鉛筆で、ややはっきりと写し出された時、白い太陽が真上に昇った。
空腹を覚えたので、私は昼食を採ることにした。デリバリーのサンドイッチ。
芝生に座って昼食を食べながら、クロッキーを見せたが、幽子は何も言わなかった。ムクドリが一匹飛んで来て、幽子の膝に止まり、自分がここにいることが信じられないとでも言いたげに、きょろきょろと辺りを見回した。
「もういいかい?」と、私は言ってみた。
(まあだだよ)と、幽子は言った。
私たちはずっとかくれんぼをしているのだ。
ポットから注いだ温かい紅茶を飲むと、私たちは空を見上げた。
灰色の空に、白い太陽が覗き穴のように穿たれている。幽子はふわりと舞い上がり、10秒もかけて宙返りをすると、またゆっくりと墓石の上を渡りだした。
私は満腹でおなかが重く、ゆっくりと小さくなっていく幽子の姿を、芝生に上に座ってじっと観ていた。もう一本、煙草に火を点けた。黒い鳥が幽子の鳩尾を貫き、私の頭上を掠め、墓地の外へと消えた。
墓地を重囲する金網を右手でなぞりながら、幽子は金網に沿って舞っていた。金網の向こうで、独りの子供が、幽子をじーっと見ながらついてきていたが、やがて飽きて走り去って行った。
墓地のなにが、私を落ち着かせるのか、よくわからない。
ほとんど誰も喋らない広大な土地。じっとりとした苔のような空気。時折訪れる、喪に服す人々の沈黙。それらは私の心に廃油のようにこびり付いた心配事を、音も無く清滅してくれている気がする。墓場に漂う喪は、生に対しての血清のように思える事があるのだ、と私は幽子に言った。
「ここでは大体なにもかも、死んでいる。とても死んでいる。すごく死んでいる。それは確かで、曖昧なところがない。深い眠りのようにシンプルだと思う。そこが好き」と、私は灰色の空を見ながら言った。
(そうね、逆に、生きることは未知で、不確かだもの)と、幽子は言った。その通りだ、と私は思った。
(結局、あんたは生きることが怖いだけなのよ)と、幽子は言った。まったく、その通りだと思った。
私は金網の上を飛ぶ幽子の傍を、彼女の速さに合わせて歩いた。幽子の姿は、消えたり現れたりした。護送車がまた交差点を抜けた時、私は金網の支柱を思い切り蹴った。幽子は咄嗟の衝撃に対応できず、墓地から弾き出されて浮力を失い、舗道の方へ堕ちた。
私はフェンスから離れ、手ごろな墓石の前に立ち、ポケットからメモ帳を取り出して一枚破いた。
”ワタシノ、ユウレイガ、墓地ヲデル。ワタシハノコル。”
そう走り書きをして、ライターで火を点けた。紙は悲鳴を上げて燃え上がり、煙は空へ昇って行った。