(えみりから、まひろに送付された手紙。消印は、えみりが移住してから間もなくの頃)

前略 まひろへ

 まひろ。ずいぶん遠く離れてしまった。貴方と。
 しかも私は、貴方にも伝えていた計画通り、パソコンやらインターネットやらから、自分を切り離した。それだけじゃない。あの夜、あなたに話したように、私は今まで私にくっついていた色んなものを切り離したかった。そして実行に移した。
 切り離されてしまうと、何故今まで繋がっていたのかも、すぐに分からなくなった。
 これはある種の濾過だ。本当に離れられないものだけが残る。

 でも、まひろ。私は貴方からは切り離されていない。それだけは強く感じることが出来る。
 むしろ私は、貴方との繋がりを強く感じるために、他との絆を切り離したのだとすら思える。
 今度、私が切り離したもので、しりとりをしよう。「愛」ではじまり「私」で終わるしりとりを。そして、ふたりでシャンパンを二本呑もう。

 実は、もう仕事を決めてしまった。当初は半年くらい、ぶらぶらしてようと思ったのだけれど、これも縁だ。双子のオーナーが経営している会社で、清掃と訪問介護をしている。双子はとても面白いひとたちで、今度是非、あなたに話したい。

 実家、職場、私が手紙を書いているこの家を結んだ二等辺三角形が、私の主な活動範囲になった。面積にして約二十七キロ平方メートルの宇宙。
 過疎化の進んだ荒涼とした地方だけれど、私は気に入っている。十分にある空が。何よりも無欲な土が。忘れられた山や森が。人気を孕まず伸びる道が。私を彼方にさらってくれる。私は毎日のように、それを見送っている。葬送のようだな。と、よく思う。ある視点から見ると、私という歴史は、途切れることのない葬送の長い蛇のようだ。

 来週にはあなたに会えるのが、とても嬉しい。本をありがとう。よく噛むように読んでいる。特にM・ドリスの『朝の少女』は二周読んだ。感想を語り合うのが、とても楽しみ。

 まひろ。一つお願いがある。
 もし本当に私を訪ねて来てくれるならば、なるべく何も持たずに来てほしい。私たちは、過去によって強く結びつき、お互いにたくさんの秘密を抱えているけれど、そのことごとくを、私の(私と貴方の)部屋に持ち込まないでほしい。わかってもらえるだろうか。私は、この部屋で、なるべく貴方と二人きりになりたいのだ。私の実家や、しのぶの事や、東京での事。そういうものを、可能な限り持ち込まないでほしい。

 でも、お酒と本は持ってきて。貴方の薦めてくれるお酒と本はいつも最高。もちろん、貴方自身も。