冬のよく晴れた朝に、僕ら少年少女に拳銃が手渡される。こんな寒い日は校庭でキャンプファイアーでもして暖をとればいいんだ、と僕は思う。運動場の一角に元気のない隊列を作って、十一歳のこどもたちが真っ白な吐息を吐いている。
僕は隊列から少しはみ出して口を半開きにしてぼけーっとし、工場の巨大な煙突から空に昇る、天国行の蛇の群れみたいな煙をずっと見ていた。
教師がいつものように僕の名を怒鳴る。とても嫌そうに。列に戻れと追い立てる。子供らしくない、という理由から先生は僕が嫌いで、その感情を隠そうともしない。前の学期の通知表の備考欄には、「このままでは精神異常者か犯罪者になるでしょう」と書かれた。それから、「人の心を覗く癖も止めさせたほうがいいです」とも。僕は人の心を覗いた覚えなんかない。ただ、幼い頃に出稼ぎに行ったきり帰ってこない父さんに、ヒトと話すときは相手の目をよく見て話せと言われたことを忠実に守っているだけだ。覗かれたと思ってる奴の心には、きっと穴が開いているんだろう。
運動場の中央に、十三本の木の杭が打ち付けられていて、「ぼくらのてき」が、拘束具を着せられ、船を繋ぐ時に使うような太い縄で、柱に手足をくくりつけられている。
僕らはこれから、それを撃たなくてはならない。
僕は授業をよく聴いていなかったのだ。だからそれらを撃ち殺す理由もよくわからない。確かに習ったような気はしているのだけれど、どういうわけか僕はいつも昼間眠いのだ。窓際の席で教科書に隠してまんがを読み、陽を浴びながらうとうとしているのが好きなのだ。
列を作ったクラスの子供たちに、一丁ずつ拳銃が渡される。生真面目なクラス委員長は手際よく弾倉を開き、手渡された六発の弾丸を手際よく込めていく。授業中、僕は窓際の一番後ろの席から、時折彼の顔を盗み見ている。委員長はいつも「なんでこんな下らない事をしなくちゃいけないんだ」とでも言いたそうな顔をしてスラスラと問題を解き、決して答えを間違わない。いつだか彼に言ってみた。アタマがすげえいいんだね、って。彼の答えはこうだった。
「決められた問題の答えを、決められた手順で出すだけだから、出来ないほうがおかしい」自分がとてもバカに思えた。今、委員長は決められた問題をまっすぐ解くように、弾倉に弾丸を込めている。
僕の友達で乱暴者のボスは、どうやらわくわくしているらしい。しきりに唇を舐め、隣で銃をがちゃがちゃいわせてる。僕は本当はあいつが臆病者の根性なしだってことを知ってる。隣町で中学生にからまれたとき、いつも威張っているあいつは震えて涙ぐんでいたから。靴を踏まれ髪を掴まれて脅された後、僕たちはあり金を全部奪われた。その日の帰り道、ボスは「今日のことは誰にも言うな」と、僕に七回言った。僕が誰にも言わなかったことで、そんな出来事はすぐに忘れてしまったらしく、翌日からまた弱いものいじめをはじめた。自分がされたように弱い者の髪を掴んで、金を奪う。大変わかりやすく、奪われた者は、奪った者の真似をして、奪われたものを取り返す。ボスはいつも無抵抗なものに弾丸を発射したくてうずうずしてる。
鉄柱にくくりつけられ、音や感情や光をことごとく吸ってしまう拘束具で覆われたソレらが何なのか、僕にはよくわからない。生命なのか、機械なのか、感情や言葉があるのかないのか。たった今なにかを思っているのか。一切知らない。これは僕が授業を聴いていないせいだけではなく、教育委員会の方針で詳しく教えられないのだ。僕らもこどもの遊びのほうが楽しいので、率先して知ろうとはしない。母さんは働くことに忙しいし、訊いてもあまり答えてくれない。生きてりゃそのうちわかる、みたいな曖昧な返事が返ってくるばかりだ。にも関わらず、定期的にこの授業は行われる。
僕とボスのすぐ後ろでは、エリーゼが震えている。エリーゼは感情をすぐに表に出してしまうクラスメイトの女の子。そのせいで女子からいじめられている。いじめの最初のきっかけは、給食の時、食べる前に「うわあ、おいしそう」という心の声を、教室中に響き渡るほど大きな声で実際に口に出してしまったから。その後、男子とばかり話すだとか、家が貧乏だから給食くらいしか食べるものがないだとか、いろんな噂が真も偽もわからないまま撒き散らされて、悪性の磁石みたいに教室の上空をぐるぐる回りながら拡大していったんだけど、ぼくの覚えている限り、いじめの最初はあの「うわぁ、おいしそう」という笑顔の一時間後にはじまった。なんで覚えているかというと、ぼくはその時のエリーゼの声と笑顔を、とてもかわいらしいなと思ったから。
その日の放課後から、エリーゼは、クラスの女子から標的にされて、毎日のように泣いている。わざとらしく泣くのも彼女の手口なんだと、聴こえるように言いふらされて、もっと泣く。
ボスもそうだけど、いじめるやつらっていうのは、いじめやすいやつを探すのがうまい。エリーゼの弱点は、無抵抗なことと、うそがつけないところ。
窓際の席から彼女の横顔を見ていると、表情がくるんくるん変わる。いつだか、エリーゼはぼろぼろの写真を眺めながら、目じりを下げ、口の端を持ち上げて幸せそうに笑ってた。何見てるの?と訊くと、昔飼ってた犬の写真だと言ってた。はぁ、とぼくは言った。よく言えば、幸せに対する表現力に優れているんだ。悪く言えば…いや、悪く言う必要なんてないよ。
クラスでこそこそ陰口を言われてるときの表情もわかりやすい。本人は聴こえないフリをしているつもりなのだけど、眉間の皺がぴくぴく震えて腹話術みたいに喋ってる。お願いだからやめてよって。その時の表情は食べる寸前に餌を取り上げられたキリンみたいな顔だ。そう言えば、彼女の顔はキリンによく似てる。痩せていて、頬がこけ目が大きく、まつ毛が長い。仲のよかった友達が、他の女子と一緒になって彼女の悪口を囁くのを聞いたときの顔はひどかった。キリンは唇を震わせ、大きな瞳から大粒の涙の珠をぽろぽろ零して泣いていた。
そのエリーゼが、今は仮面をつけたように表情を失っている。冬の空は鋼鉄のような色をして曇りはじめ、空気は氷のように冷たい。ボスは弾丸をまた一つ地面に零し、照れ笑いを浮かべた。
僕にも拳銃と弾が渡された。委員長をよく見てたから、扱い方はなんとなくなかる。右手にずっしりとした重みを感じる。隣で、ボスが僕の肩を叩き、かっこいいな、と言っておどける。人に向けるな!教師が大きな声で僕を怒鳴る。僕は向けられたほうなのに。あいつは僕のことが本当に大嫌いなんだ。
近所の幼稚園の拡声器からエーデルワイスが流れ出した。昼休みの時間が終わり、子供たちはこれからお昼寝をするだろう。エーデルワイス。確か春に咲くキレイな花の名前だった。
「ぼくらのてき」は、全身にすっぽりと黒い拘束衣を着せられている。身動きと発声を封じられたソレらは、最後の力を振り絞ってうごめいている。僕はその拘束衣の表面に映る集団が、ゆっくりと団体行動する姿を見ている。あの愚鈍なこけしたちは僕らだ。
僕はもっと授業をよく聞いておけばよかったのかも知れない。国営放送も。でも、学校の授業は退屈だし、国営放送なんか、もう誰も信じちゃいない。
エリーゼが無表情のまま震えている。僕はエリーゼの隣の女子に頼んで、こっそり列の並びを変わってもらった。
「エリーゼ」と、声をかける。彼女は答えない。
教師が号令をかけ、最前列の委員長と副委員長が2発ずつ撃った。弾丸は「ぼくらのてき」の正中線を正確に撃ち抜き、その動きを止めた。教師がよーしよしよしよしと委員長を誉める。委員長は表情を変えずに教師に拳銃を返す。
銃撃の音が鳴り響いたとき、エリーゼは一瞬、怒鳴られたように体を震わせ、いつものようにわかりやすい表情を表に出した。眉間に刻まれた深い皺はひくひく震え、今にも金切り声を灰色の空に向けて叫びたそうだった。エリーゼ。と、僕が声をかけた5秒後に、エリーゼは気づき、え、なんか言った?と僕に聞き返した。
僕らはいったい何してるんだ?と、僕は言う。
授業だよ。エリーゼはそう言ってはにかんだ。僕が冗談を言ったと思ったのだ。再び銃声が空に響き、エリーゼのこわばった笑顔が吹き飛ばされた。
拳銃を持った僕らの列はゆっくりと前へ進む。
「エリーゼ」
僕はエリーゼの耳の傍に顔を寄せて、また呼んだ。なに?と、努めて無表情なキリンが振り向いた。彼女の息は林檎の匂いがした。給食のとき、僕の分の林檎をあげたのだ。僕は自分が何を言いたいのかよくわからずにいた。エリーゼは僕の眼をじっと見つめている。教師がまた怒鳴る。
パーティで鳴るクラッカーのように、乾いた音をたてて6発の銃弾が放たれる。
ボスの銃弾は命中しなかった。ボスは照れて、もう一回撃っちゃだめですか?と教師に聞く。だめ。と、教師は言う。こんなはずねえんだけどなあ・・・。照れ笑いを浮かべながらボスは列を離れる。
拳銃は、僕らの町の工場で生産されている。住民の7割が、武器の製造に関わっている。僕の母さんもその工場で働いている。僕らが産まれてから、あの工場の煙は途切れたことがない。ずっと武器を作っているのだ。幼い頃、あの黒煙が怖かった。どうしてあの煙はいつももくもく空に昇っているの?と、母さんに訊いたことがある。あの煙が途切れたら、この街はやっていけないのよ、と母さん言った。
ひどい喉の渇きを感じる。列を離れて水を飲みに行こうとすると、教師が僕の肩を掴み、どうした?と呟いて力任せに振り向かせる。喉が渇いて。と、僕は言う。今は撃つ時間だろう?どうしてお前はいつも決められたことを人と同じに出来ないんだ?僕はしかたなく列に戻る。エリーゼが、気の毒そうに僕を見る。
僕の順番が回ってきて、教師が号令をかける。幼稚園から聴こえるエーデルワイスが段々遠くなっていく。
隣で、エリーゼが無表情で一発撃った。弾丸が「ぼくらのてき」の心臓を撃ちぬき、そのイノチを奪った。エーデルワイスの旋律が引き裂かれ、銃声が空に木霊した。僕はずっとエリーゼの横顔を見ていた。撃ってしまってからも、彼女の眉間の皺はぴくぴくと震え続け、何かを訴えようとしていた。そして銃声の残響が空に吸い込まれるのと同じくらいのスピードで、眉間の皺はゆっくりと消えた。皺が消えてしまった後のエリーゼの顔はまるきり表情を失い、僕にはまるで冷たいキリンの剥製のように見えた。銃声の音がすっかり遠くへ消え去ると、エーデルワイスの旋律が何事もなかったかのように戻ってきた。
僕は銃を持った右手をまっすぐに伸ばしたまま、じっとしていた。教師がもう一度号令をかける。僕は銃を教師の方に向ける。何しろ授業を聴いていないので、よくわからない。