※本作品には家庭内暴力、DV、性加害など、人によってはフラッシュバックが危ぶまれる表現が多く含まれます。自己判断にて閲覧のこと、お願いいたします。麦原アリノス拝。
(1)千村まひろの傷口
私は千村まひろの傷口だ。
彼女の傷痕のなかに住んでおり、彼女の無傷にも内在している。また、彼女のあらゆる亀裂に住んでいるし、亀裂そのものであるとも言える。例えば唇が、瞼が、性器が開くことは、彼女にとって傷痕が再度裂けることを意味する。もちろん、それは繰り返し裂ける、毎日のように。私たちは叫ぶ。
私と共にいることは痛みを伴い、終わらない治療を要し、身体からは血を、心からは魂を流すことと一緒だ。だが、まひろは殆ど一度も私を責め立てたことはない。
それどころか、自分の身体を引き裂いて、その内部に隠れる私を抱きしめようとすらした。決して諦めることなく、まひろは私を探した。言うまでもなく、その度に彼女は傷ついた。
隠さずに言う。私はそんなまひろが、大好きだった。
まひろは傷けてよい人を探し、傷つけてくれる人を探していた。
傷つけてよい人などいないという意見もあるだろう。まひろと私もしばしばそう考え、誰かを傷つけるたびに、反省や後悔に近い感情を抱いた。
だがしかして、傷つけてよい人などいないのであれば、私を含むこの世界中の傷痕は一体なにを意味しているのだ。
まひろの生を支える傷への渇望はなんなのだ。
私たちは何のために産まれたのだ。
まひろが探知する、傷つけてよい人と、傷つけてくれる人は、その絶対前提として、愛か、愛の出来損ないを持っていなければならなかった。
相手が持っていない場合、まひろは、まず与えた。持たない相手からは、それを奪うことも損なうことも出来ないからだ。
主に恋愛という手段がとられた。どのようにすれば、相手が幸福になるかを、まひろは常に考え、実践してきた。優れた盗賊と心理学者が同時に仕事をするように、彼女は相手の心を掴んだ。そのために差し出せるものは何でも差し出した。
それを愛と呼ぶならば、まひろは多くのひとを愛したし、それを憎しみと呼ぶのなら、まひろは多くのひとを憎んだ。
どちらにせよ、すべては私のためだった。傷口が(悲惨な魚のエラのように)新たに開くことでしか、呼吸ができない人間もいるのだ。呼吸口としての傷口が塞がることを防ぐために、彼女は常に愛を破壊する必要があった。
そのための相手を探し当て、引き寄せることは、まひろにとって容易い事だった。
独りでは埋めることの出来ない致命的なさびしさを持っている人間を見つけ(あるいはおびき寄せ)一時的にそれを埋めてやればいい。そうして愛のまがいものが出来上がる。そして、思う存分さびしさの穴を埋めてやった後に、拒絶する。こうして傷が産まれる。
まひろ無しでは生きられないと思わせてから拒絶することで、一組の支配関係が成立する。相手は自分にすがる。まひろは距離を保ちつつ絶対に相手を赦し受け入れることをしないので、経緯は様々だが、最終的に関係は破局する。その瞬間に、まひろはやっと安心することが出来る。
「やっぱり、最後にはだめになり、捨てられた」
そう呟くために、彼女は自分の持っている殆どすべてを差し出して傷つけ、傷つけられようとした。愛されないという予言の成就のために。
こうして後には傷だけが残り、集成する。
傷つけ合った人々が十人を越したあたりで、まひろは、記憶をフォルダ分けすることをやめる。消しゴムのかすを一つにまとめるように、一塊の傷にしてしまう。
どこまでも献身的なブリーダーのように、まひろは私を育てた。自分自身を愛し、育てるようにだ。その度に傷は肥大し、まひろを圧迫していった。
だが、彼女は決して私を捨てようとはしなかった。
「あなたがやっているのは恋愛ではないよ。支配と操作だよ」
大学生の時、まひろが演者として参加していた演劇サークルで、脚本を書いていた女性にそう言われたことがある。稽古後の打ち上げで入った安い居酒屋で隣席に座った脚本家はだいぶ酔っていた。
まひろは、彼女の目をまじまじと見つめた。酒で濁った眼がまひろを見ていた。一学年上の脚本家と面と向かって話すのは殆ど初めてだったが、長年に渡って同じ犯人を追い続ける刑事のような目だと思った。
その頃、まひろは既に(演劇サークル内の数人を含む)数多くの人と傷つけあっており、脚本家は、その中の何れかを耳にしたのだろう。あるいは、まひろの日常的な振る舞いを観察して、そう指摘したのかもしれない。支配と操作。間違っていない。指摘されたのははじめてで、誰にも教えていない秘密を理解されたという奇妙な嬉しさがあった。
ふふふ。と、まひろは笑った。可笑しい?と脚本家は言った。
「いや。その。他の人から見ると、恋愛の様に見えるんだなって思って」と、まひろは言った。
「ちがうの?あなたにフラれた未練のせいで死ぬ死ぬ詐欺のプロになった伊藤くんとは?その伊藤くんから、あなたを守るんだって公言してはばからない菅原くんとは?恋愛関係にないの?」と、脚本家は言った。
ない。と思った。まひろにとっては、傷つけ合うことが目的なのであって、恋愛自体はそれに最も適した手段であるに過ぎない。
「先輩。そもそも恋愛って何ですかね」と、まひろは訊いた。まひろに好意を寄せるサークルの男性の一人が割って入り、何話してるの?と言いながら、まひろの肩を掌で触った。すみません、ちょっと大事な話をしてるんで。と、まひろは普段の彼女からは想像もできない程冷たい声で言った。人に好意を持たれやすい、拒絶時のショックが倍加して相手を支配しやすい。という理由から、まひろは常日頃、誰に対しても優しく振る舞っていた。ショックを受けた男は、尻尾を丸めた犬のように去っていった。
「あなたはどう思うの。恋愛ってなに」と脚本家は言った。
「聖化された欲望じゃないですかね」少し考えてから、まひろはそう答えた。脚本家はにやりと笑った。まひろの言葉の棘が気に入ったようだった。
「わたしは少し違う。恋愛とは、その人の人間性が最も色濃く表出する関係の形だと思っている」
脚本家はそう言った。
「でも先輩、さっきわたしのやっているのは恋愛ではないと仰いましたよ。まるで、本物の恋愛が何処かにあると言わんばかりじゃないですか。先輩は、本物の恋愛をご存知ですか」と、まひろは言った。
「なるほど」と、脚本家は頷いた。「ごめん。謝る。そんなもん、みんなそれぞれ違う」赤くなった顔をかくんと落として、彼女は謝罪する。
「いいんです。先輩は間違っていません。わたしの人間性が、支配や操作を嗜好しているだけだと思います。先輩の仰ったように」と、まひろは言った。
「わたしが知りたいのは、なにがあなたをそうさせているのかということなの」顔を赤くし、唇の端から涎を垂らしながら脚本家は喋る。「あなたはすてきだし、頭もいい。でも、何があなたをそうさせるの」
複数の恋愛感情をもつれさせ、サークル内の人間関係を崩壊に導くという理由から、ほどなくして、まひろは演劇サークルを追放され、脚本家と会うこともなくなってしまった。
だが、彼女に言われたことについては今でも度々考える。
恋愛。その人の人間性が最も色濃く表出する関係の形。
何が私たちをそうさせるのか。
何が私たちを、私たち足らしめているのか。
恋愛によって他者を傷つけることについての呵責に対して。わたしにだって言い分がある。と、まひろは思う。
確かにわたしは人と自分を傷つける。だが、それの何が悪い。
そもそも、わたし自身の意思で、傷つけてやろうという目的を持って接近した人など一人もいないんだ。好きだの、愛してるだの、挙句の果てには守ってあげたい、救ってあげたいとぬかして近づいてくるのは、いつだって向こうの方じゃないか。
それは支配と呼ばないのか。
好意を。愛を。庇護を。救済を。尖った一種の拘束具であると知らずに突き付けてくる奴らに対して、わたしは逆にそれを使って拘束してやっているだけだ。そして、その思いあがりの一切合切を台無しにしてやりたいだけだ。
かわいそうなひとだと、言われたこともある。それも一度や二度じゃない。だが、それを決めるのは、わたし自身だ。
わたしにだって言い分がある。
そんな奴らは、傷つけていい。わたしを愛そうとする奴らなんて、みんな。
まひろには、ある種の人間を庇護欲を刺激する雰囲気があった。元気のない子供だとか、汚れた子猫だとか、傷ついて怯えている小動物の気配。相手の機嫌を不器用に伺う視線や、極力邪魔にならず役立とうとする健気さ。いつも何かに飢えているような寂しげな瞳。
確かに、一部その通りだったかもしれない。彼女はかつて、元気のない子供だったし、汚れた子猫だった。ただ、子供は硝子の破片を握っているし、子猫は差し出された手に噛みつくということを、誰も理解していなかっただけだ。
人を救いたがる種類の人間が特に、彼女に惹きつけられた。彼らは、まひろを救う権利を求めた。時にはそれを巡って争いさえした。そしてどういうわけか、その救済は恋愛によってもたらされるのだと信じていた。さらに言えば、彼らは救済の報酬として、まひろからの絶えざる報酬を求めた。
そういった種類の人間こそ傷つけられるべき対象だと、まひろは考えた。
彼女は一旦、救済を受け入れ、報酬に相手の望むすべてを捧げたのちに拒絶することによって、相手が愛と呼ぶ何かを、同量の傷に変換して返した。
多くの場合、相手は戸惑い、すがり、彼女を責め立てたが、まひろにしてみれば、貰った同額を返金にしたに過ぎない。相手の財布には愛が入っており、まひろの財布には傷が入っていたというだけのことだ。