(2)元気のない子どもが汚れた野良猫になるまで
傷の貯蓄は、彼女が元気のない子供だった時代に行われた。
その時代に、人の喜ばせ方と、傷つけ方を学んだ。言葉を喋れるようになった時期~元気のない子供が汚れた野良猫になるまで、の期間がそれに相当する。
年齢で言えば、四歳から十三歳までの時期だ。
母親は、まひろに対して溺愛と折檻の間を行ったり来たりする専業主婦で、父親はその振り子を恐れるように家に寄り付かない風俗通いが趣味の大人しい公務員だった。夫婦仲が良くないことは幼い頃のまひろの目から見ても明らかだったが「あなたのために離婚はしない」という説明だけは、予め母親から受けていた。
「あなたのためだったら、なんだってしてあげる」が口癖の母親だったが、思い通りにならないことがあると、その言い分は「あなたのためだったら、なんだってしてあげてるのに」に変わった。確かに、献身的にと言っていいほど娘を可愛がる母親だったが、その分、反発されることに耐えられなかった。軽微な反発に対しても逆上し、すると普段は娘に示している献身が同量の怒りへと裏返った。怒りに我を失った母親は、まひろを家から締め出したり何日も無視したりした。何度どのように謝っても口をきいてもらえず、ついにまひろが諦めると「自分が悪い癖に何故謝るのを諦めるのか」と、髪を掴まれて、また振り回された。
愛情を注ぐための器。まひろは、自分自身をそう理解した。ただし、溢れると愛情は液状の傷へ変ずる。
まひろの嗚咽と母親の呵責が器から溢れてしまうと、母親はまひろを抱きしめて、ごめんね愛してると何度も言った。その度に、小さなまひろは母親の頭をぽんぽんと撫でた。すると母親は安心して、また何日か、まひろを溺愛する。だが、些細なきっかけでまた逆上し、突然に壁を蹴り、髪を掴んでまひろを責める。永遠に続くかと思われる叱責と無視が再開される。許しを乞う声と嗚咽が器から溢れると、最後には涙ながらの謝罪と抱擁で終わる。その繰り返しだった。
望まずして、相手の望んでいることを察知する癖と、ひとの追い詰め方を、まひろは身を持って持って学んだ。前者は母親を怒らせまいとする警戒。後者は怒らせてしまった後の体験からだ。
その学習の繰り返しは、終わらないレコードの回転ようなものであり、まひろの願いはレコードの回転を止めてしまうか、もしくはその外へ放り出されるかの、何れかとなった。